10月3日

午前 河内街道 暗越奈良街道の交差する街

岩田地区の歴史

講師  シニア街歩き案内人

小笠 浩二さん(3-4班)

歴史散歩の会

清水 満さん(1-2班)

※街歩き行程

 若江岩田駅スタート : 猿棟  猫橋址地蔵  石田神社  神観音寺  岩田墓地  八剱神社       

両講師の案内で若江岩田駅をスタート。

猿棟

旧家、石田家の大屋根上に二匹の瓦製の猿が乗っています。

一匹は扇・御幣、一匹は玉を持っています。

江戸時代、近隣の村との水争いに勝ち、祝って作られたものと言われています。

 

 

猫橋址地蔵 ねこばしあとじぞう

近所の用水路に猫が背を丸めたような形をした石橋がありました。

撤去工事の時に6体の地蔵や五輪塔が発見され、この地にまつられました。

石田神社

延喜式内社(えんぎしきないしゃ)で、第14仲哀天皇、第15代応神天皇、仲哀天皇皇后で応神天皇の母である神功皇后をおまつりしています。

昔、北側の水田の中に幸神塚、無名塚と呼ばれる2つの塚がありました。

この塚の下に大きな船形の石が埋もれていたことが石田(岩田)の地名の起こりと言われています。

観音寺

江戸時代後半に、長栄寺中興の祖、、慈雲尊者(じうんそんじゃ)が高井田・長栄寺から額田山中の長尾滝に修行に行くとき、よく立ち寄った寺です。河内西国霊場の19番です。 

岩田墓地

奈良時代、僧行基(そうぎょうき) が開いたといわれています。河内7墓まいりのひとつとして有名です。江戸時代には、7墓まいりをすると下の世話にならずに極楽往生できると言われ、信仰を集めました。

 

八剱神社 やつるぎじんじゃ

旧暗越奈良街道(きゅうくらがりごえならかいどう)と河内街道の交差点のすぐ東側にあり、社伝によるとこの辺りは、島と呼ばれていました。

応永3年(1396年)に宇賀御魂神(うがのみたまのかみ)を勧請し、後に放出にある阿遅速雄神社(あじはやおじんじゃ)の味鍬高彦根命(あぢすきたかひこねのみこと)を加え八剱神社になったといわれています。

 入口に道標が3基立っていて、暗越奈良街道と河内街道を行く旅人の道しるべになっていたことがよくわかります。

午後

会場 (八剱神社境内) 菱屋東北会館

クラスカフエ・クラスの語らい

ふれあい祭り・遠足の打ち合せ

これからの長居公園の遠足と枚方市でのふれあい祭りについて詳細な打ち合わせを行いました。この秋の諸行事が楽しみです

ふれあい祭りの練習

枚方校でのふれあい祭りには、東大阪校は学校紹介、歌、踊り、皿回しの4種目で出場します。会議終了後、それぞれのグループに分かれて熱心に練習を行いました。


東大阪の名産品が紹介されました

      商 酎 (商品名)

 東大阪市内の畑で農薬を使わず育てられた安納芋で作られた焼酎です。

 

大阪商業大学の有志の学生と若江岩田きらりプロジェクトが参加して製作が始まった焼酎

 です。地域コニュニティーの結晶です。

 

商品についての問い合わせ

「酒のにしだ」

東大阪市岩田町5-19-24

「TEL」 072-963-3111